お客様の声

SPECIAL ESSAY

春陽軒とお客様の物語

当店のホームページリニューアルに際し、長年ご愛顧いただいている常連のお客様より素敵なエッセイをご寄稿いただきました。
昭和の新開地の賑わいや、ご家族と豚まんにまつわる温かくも運命的なエピソードです。ぜひご一読くださいませ。
豚まんに押し出されて

かつて「東の浅草、西の新開地」と称され、関西随一の歓楽街として圧倒的な活気を誇っていた昭和の新開地。兵庫区南部の商家で育った私にとって、この街は華やかなネオンと映画館の賑わいがすぐそばにある、どこか大人びた憧れの空間でした。
一世代前、たとえば両親や祖父母といった大人たちが口を揃えて語っていたのは、「新開地といえば春陽軒」という思い出です。当時はまだ大衆中華料理店であり、名物の「ほうこう鍋」や多彩な中華料理に舌鼓を打つのが、家族で新開地へ出かけたときの何よりの定番だったといいます。映画館やスケート場を備えた巨大な娯楽殿・聚楽館のすぐ近くにあったその店は、街の賑わいの中心にありました。

昭和の新開地
昭和の活気あふれる新開地の街並み
大衆中華料理店時代の春陽軒
大衆中華料理店だった頃の春陽軒
年末の風景と、我が家の「豚まん」
常備されていた大量の豚まん
年末に常備されていた豚まん

時代が移り変わり、私自身が物心ついた頃の春陽軒は、かつての中華料理店から「豚まん専門店」へと大きく姿を変えていく時期でした。
我が家にとっての春陽軒の記憶は、何といっても年の瀬、年末の大掃除の風景と深く結びついています。商家にとって年末は一年で最も慌ただしい時期です。家族も従業員も総出で店や家の隅々まで磨き上げる中、食事の支度にかける手間を省くため、大量の豚まんが常備されていました。大きな蒸し器でさっと温め直すだけで、ふかふか湯気の立つ熱々が食べられる。忙しい仕事の合間に、みんなでハフハフと言いながら頬張ったその味は、慌ただしさの中のささやかな楽しみであり、温かな絆そのものでした。

誕生前夜のハプニング

そんな春陽軒の豚まんと我が家の間には、ちょっと笑えない、しかし運命的なエピソードが隠されています。
私は12月末、まさに年の瀬の生まれです。成人してからのことですが、母からこんな裏話をきかされました。予定日が押し迫った年末、産科医から「できれば年を明けてから産んでくれたら助かるのだがねぇ」と苦笑交じりに言われていたそうです。ところが、年末の大掃除用に家へ大量にストックされていた春陽軒の豚まんを、妊婦特有の嗜好の変化と旺盛な食欲も手伝って、なんと「私一人で20個も食べてしまったのよ」と母は告白しました。
そして、その直後です。見事なまでに程なくして陣痛が始まったというのです。
それを聞いたとき、私は思わず「もしかして、あの春陽軒の豚まんが私の背中を押してくれたのだろうか」と、胸の奥が温かくなるような不思議な縁を感じずにはいられませんでした。

受け継がれる味と親しみ
蒸籠から立ち上る白煙と豚まん
蒸籠からふかふかの湯気が立ち上る

それ以来、私にとって春陽軒の豚まんは、単なる子どもの頃の思い出の味にとどまらず、自分の「誕生」のストーリーに直結する、ひときわ深い親しみを感じる存在となりました。
「今でも、自分の誕生日が近づくと、なぜか無性にあの、噛みしめるほどに味わい深い豚まんが食べたくなります。「今年の誕生日はどのケーキにする?」ではなく、「今年もやっぱり豚まんだね」と笑い合うのが、我が家の定番になりました。
昭和の面影を色濃く残す新開地の街並みは時代とともに少しずつ変わっていきましたが、湯気の中に家族の温もりや自らのルーツを見出すとき、私の心の中では、あの頃の賑やかな新開地と春陽軒の蒸籠の白煙が、今も鮮やかに立ち上り続けています。